私とアクセサリー vol.2 4℃時代

ファッション業界で広報の仕事がしたい!
短大から専門学校へ進み就職時期を私が迎えたその頃は、まさにデザイナー・キャラクターブランドの全盛期。いろいろなアパレルブランドでその職種の募集を探し、応募しましたがことごとく落選。。。ようやく内定をもらえた会社が、後に株式会社 F・D・Oプロダクツとなる株式会社 第二空間。4℃というアパレルとジュエリーブランドを有する会社でした。
内定後、新店OPENやクリスマスというジュエリーが一番売れる季節とも重なり、まずは販売スタッフとして働き始めました。
ジュエリーにはほとんど興味がないし、知識もない。春になれば広報の仕事ができることを励みに始めは惰性で働いていましたが、上司や先輩から伝授されたジュリーの魅力をお客様に語るうちに自分自身もジュエリーに親しみを感じ始めました。そして極みはそれを手にした時のお客様の笑顔!ジュエリーってその輝きで人の心も輝かせるんだ。アパレルしか興味のなかった私の気持ちも少しずつジュエリーへの好奇心にシフトし始めました。

春。初出勤。発表された配属先は広報も請け負う販売促進課ではなく、ジュエリーの生産課でした。しかしこの時、不思議とジュエリーにもっと深く関われるんだとうれしく、希望や意欲にあふれたことを覚えています。
本社は恵比寿でしたが、勤務先は工房のある自由が丘。技術・製作のスタッフとも近くで仕事ができ、いろいろなことを学ばせてもらいました。最初はわずか3人の生産課でしたが、この後、4℃ブランドの急成長とともにスタッフも業務も急増。ここから退職までの8年間、忙しい毎日を送ることになります。

クリスマス時期には、平月の3倍の売上げが上がります。生産課はその商品を作る管理をする仕事ですから、3倍の生産をする秋は最も多忙な時期です。ある年の11月。生産課のテーマは「8万人のクリスマスのために」。聖なる夜、私たちが生み出したジュエリーで8万人もの人が幸せな笑顔に包まれる。そう思っただけで、自分のミッションが鮮明に心に映し出せれ、自分自身がとても幸せな充実した心の満たされたのを思い出します。この思いが今も私の根底にあるジュエリーに関わる理由です。そして、これから、この理由を胸に抱いて、私の冒険と挑戦が始まっていきます。

2014/10/15

私とアクセサリー vol.2 4℃時代

ファッション業界で広報の仕事がしたい!
短大から専門学校へ進み就職時期を私が迎えたその頃は、まさにデザイナー・キャラクターブランドの全盛期。いろいろなアパレルブランドでその職種の募集を探し、応募しましたがことごとく落選。。。ようやく内定をもらえた会社が、後に株式会社 F・D・Oプロダクツとなる株式会社 第二空間。4℃というアパレルとジュエリーブランドを有する会社でした。
内定後、新店OPENやクリスマスというジュエリーが一番売れる季節とも重なり、まずは販売スタッフとして働き始めました。
ジュエリーにはほとんど興味がないし、知識もない。春になれば広報の仕事ができることを励みに始めは惰性で働いていましたが、上司や先輩から伝授されたジュリーの魅力をお客様に語るうちに自分自身もジュエリーに親しみを感じ始めました。そして極みはそれを手にした時のお客様の笑顔!ジュエリーってその輝きで人の心も輝かせるんだ。アパレルしか興味のなかった私の気持ちも少しずつジュエリーへの好奇心にシフトし始めました。

春。初出勤。発表された配属先は広報も請け負う販売促進課ではなく、ジュエリーの生産課でした。しかしこの時、不思議とジュエリーにもっと深く関われるんだとうれしく、希望や意欲にあふれたことを覚えています。
本社は恵比寿でしたが、勤務先は工房のある自由が丘。技術・製作のスタッフとも近くで仕事ができ、いろいろなことを学ばせてもらいました。最初はわずか3人の生産課でしたが、この後、4℃ブランドの急成長とともにスタッフも業務も急増。ここから退職までの8年間、忙しい毎日を送ることになります。

クリスマス時期には、平月の3倍の売上げが上がります。生産課はその商品を作る管理をする仕事ですから、3倍の生産をする秋は最も多忙な時期です。ある年の11月。生産課のテーマは「8万人のクリスマスのために」。聖なる夜、私たちが生み出したジュエリーで8万人もの人が幸せな笑顔に包まれる。そう思っただけで、自分のミッションが鮮明に心に映し出せれ、自分自身がとても幸せな充実した心の満たされたのを思い出します。この思いが今も私の根底にあるジュエリーに関わる理由です。そして、これから、この理由を胸に抱いて、私の冒険と挑戦が始まっていきます。

2014/10/15